【老人的考察】「インターネットはドッグイヤー」を馬鹿みたいに真に受けてみる

心配かけました

 何一つ新曲が浮かばないという大惨事をのぞけば音楽事業的にはいちおう決着を見つつあるので、再開します。死んだと思った?これがペテンよ!!体調は…まあ、まあね。

黎明期に流行った言葉でもある「ドッグイヤー」

 皆さん「犬の時間」って知ってます?要は犬って人間の4倍歳をとるって訊くじゃないですか。単純に平均寿命を比較して7倍にする、という考えもあるようです。ネット黎明期のビジネスパーソンうんちゃらな方々の間では、ITの進歩は速いのでインターネットの世界ではドッグイヤーで考えなさいとマルチメディアがクリエイティブでインフォメーション革命がインパクなお偉いさん、よく口にしたものです。ではドッグイヤーをいろいろ当て嵌めてみましょう。

インターネット閲覧環境におけるスマホのみ率拡大(2014~2016年頃から)

 単純に2年前でも7を掛けてみると14年。4×4でも16年…現実に当て嵌めると2004年くらい?

 (※X-JAPANの「Forever Love」をバックに)小泉純一郎です。国民に痛みを!自民党!!日本では首相がこの人です。あー、なんか体感で、実感あるわ。スマホゲー、それくらいずーっと昔からやってる不思議な感覚ある。今グラブル5周年とかテレビでCMやってますが、7とか掛けたくないですね…。そういや、一時期めっちゃ隆盛を極めた某アイドルゲーがサービス終了→リニューアル移行しましたが、あれも5年か…20年の老舗が店を畳んだ…なーんだ、普通にある話じゃないか。

ipadの登場(2010年)

 4で考えると32年、7で考えると56年!!…7で考えるといろいろ世相が飛んでしまうので、ここはまず4で考えましょう。32年だと1986年。昭和末期。日本はバブル真っ盛り!!PCの世界では、「マイコン」と呼ばれる家庭用コンピューターがあった時代だ。まだ日本製のPCが、それぞれのOSで動いていた時代だ。なおこの年、2月日本で初めてハッカーが侵入した年なんだそうだ。
 確かに、「あれで何ができるんだ?」感は凄かった。R1ぐらんぷりのレイザーラモンRGのモノマネネタ、笑ったな~。タブレット端末も普及して30年以上ですよ!老舗ですよ!今やいろんな現場でタブレット、使われるようになりました。

 1986年、このちょっと前にファミコンが登場してます。当時のゲーム環境はゲームセンターのアーケードゲームをゲーム会社が基盤段階で独自開発する形で、家庭用ゲーム機はセガが出していたものがありましたがソフトを出す「サードパーティー」があまり存在せず。ファミコンが画期的だったのはこの「サードパーティー」への技術解放を惜しみなく行ったとこですね。このおかげで爆発的にゲーム文化が普及しました。ゲームだけでなく教育ソフトや株価予想ソフト、作曲ソフトなんかも登場したものです。舛添要一、朝までファミコン。

ガラケー閲覧・SNS時代に突入(2001~2005年)

 中央値で2003年だと15で切りがよい…60年…。これは、俺も生まれてない。1958年、どんな年というと長嶋茂雄がデビューした年ですねー。今の若い子には「長嶋茂雄って誰?」ってなるかもしれません。若い子に説明をば致しますと巨人にいたんですよ。「ちょっと天然の入った明るい性格の3番バッター」「のちに祭り上げられて監督に、優勝も経験」「おもしろタレント的存在としても一時期活躍」…そうか、体感的に長嶋監督のデビューくらいがガラケー時代なのか…。「似てない長嶋茂雄のモノマネ」はアラフォー辺りまではまだ笑ってくれるギャグなので、是非体得してみてください。若い子がやってるの見てみたい…。

 ケータイ時代やSNS時代というのはおおむね「昭和」だったと考えればよいのでは?そういえばこういう政治的な話はここでは避けたいのだけど、ネット上で「政治的議論」「政治活動」「ネット右翼」が活発になったのはこの時期から。55年体制が確立して自民党一強になり、安保法案をめぐっての学生運動が起きたり、なにより東西冷戦という状況下でソ連という「仮想敵国」が存在したり。
 あとこの時期になって、民放テレビ局やラジオ局が地方にまで普及しだすのですが、これは「動画サービス登場」「ブロードバンド普及」に通じますね。

個人サイト全盛期(1998~2002年)

 来ました。18×4で1932年。…70代ですよ!!戦前ですよ!!一応、何が起こったかWikipediaで調べてみましょう。そういえば小学校の頃「昭和ヒト桁世代」なんて言葉があったなあ…。

 満州国建国!!
 そういや「満州帰り」という言葉がありますね。かくいう管理人の母親も満州ではないですが、北朝鮮に出向で行ってた公務員の子供だったので引き上げの記憶がかすかにあるそうです。結婚するとき戸籍取るじゃないですか。母方の祖父母の本籍地、朝鮮平壌市になってました。
 思えばWebの世界ではこの時期を技術的な括りで「Web1.0時代」と呼ぶのですが、これこそまさに「大日本帝国憲法下」であったと考えるのが妥当ではないでしょうか?
 思えばこの間にOSなどITソフトウェアは国産品が少なくなり、アメリカの軍門に下った形になっています。そして2chなど日本のネット文化も荒涼として殺伐としていました。ネット環境もダイヤルアップで、画像すら読み込みが重い時代。
 というわけでこの世代は「インターネット満州国引き揚げ組」と名乗るとよいのかもしれません。
 「満州から帰国の思い出か…あれはつらかった…」
 親戚の叔父さんにソ連軍に一度捕まって、抑留列車から脱出して10年かけて帰ってきた人がいます。多くを語ってくれません。

それより前を考えるのはよそう

 たまーに「インターネット老人会」って言葉聞くと、パソコン通信からの生き残りの私は何か、化石か何かか?という言葉を耳にします。1995年くらいからという報告が多かったので、軽く脳内で計算して思い浮かべましたが…大正デモクラシーです。…大正浪漫に桜が散る…?
 「インターネット帝国華撃団」

 (※画像はイメージです)
 と名乗るのはいかがでしょうか。おお、かっこいい!!

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