【ネットの前からさかのぼるよ!】「イキリオタク」が誕生するまで、オタクの変遷史

「イキリオタク」という言葉の誕生には「来るべき日が来た」

 「オタクですけど何か?」ではなく「こちとらオタクじゃゴラァ」
 竹書房でも破壊しそうな勢い。オタクは、居場所によってはついにネットの覇権を取ったのだ。そういや実際、「俺ヒネたオタクだから、あのクソアニメ見てない」って言うとさすがにちょっと「引くな!!」になるもんなあ。


 主題歌の上坂すみれのPVは真面目にカッコイイ。シベリアの話大好きな管理人、きっと「トモットの駅前にレーニン像残ってるらしいっすよ」「ウッソ!!」と話が盛り上がると思う。

オタクという言葉の誕生とその経緯

 あれはまだバブル真っ盛りの頃のお話。
 「漫画やアニメを少年で卒業できなかった者たち」が、70年代の劇画ブームからの流れで大人向け指向の漫画コンテンツが充実し始め、またアニメ・特撮でもリアルロボットものでありながら「大人でないと理解できないストーリー」を展開する作品が頻出するようになり。「漫画やアニメは卒業しなくてもよくなった」時代に突入し始めたころだ。
 コミケというのはその時にはもう存在しており、アニメ雑誌やアニメ投稿雑誌、サブカル誌などに特集を組まれた。主にやっぱり「コスプレの写真」が目を引いた記憶がある。
 さて、そういった人々の中で。やっぱさあ、これは後の「発達障害」という臨床心理医学の研究が進んだこともあり、ヤンキー社会でも、真っ当な会社社会でも一定数出現をするであろうという風になってきてしまった感があるが、一定数の
 「コミュニケート能力が低くてなおかつ自己中心な困った人々」
 のつまはじき行為が行われたのは事実。この時に「こういう人々って、初対面で相手を呼ぶとき、『お宅』って言いがちですよね」。評論家・コラムニストの中森明夫が最初にメディア文章に記したのが最初だったと思われる。1985年のアニメ・サブカル投稿雑誌「OUT」では、「ネクラ族」ともじった表現で、バンダナ・アニメポスターのリュック刺し姿を表現していたが、「オタク族」を活字で顕現させたのはおそらく中森明夫が最初である。
 この言葉が広まったのは、かの東京都で起きた連続幼女誘拐殺人事件なのは言うまでもない。尤も犯人の彼は昔のCMのビデオコレクターだったそうで、そこまでアニメなどには食指を伸ばしてはいなかったという証言もあったのだが、逮捕時期がコミケとまるかぶりであったこと。そして彼がコミケに参加してはいわゆる(※始原的な意味合いでの)「オタク族」だったことはその筋で有名であったことが報道されてしまった。
 なお捜査に時間がかかったこともあり、執拗にワイドショーでアニメ文化バッシング報道は続き、当時高2であった管理人にとってあまり思い出したくない歴史である。

そもそも昔の(今でいう)オタクはコミュニケート能力が必要だった

 昔の同人誌活動やファンジン活動(同人的ファンクラブ活動でミニコミなんかを作って集まるスタイル)、音楽活動は特にそうなんだが、ある程度本名で活動しないと立ち行かないところがあった。しかしネットも発達していない時代。電話帳に自分の住所や名前を堂々と載せても特に、せいぜい嫌がらせ電話やら不幸の手紙が来る程度のことしか起きなかった時代である。クレジットカードも浸透していなかったし、銀行口座番号やら住所やら電話番号やらが「電子データで紐付けされていなかった時代」であった。現代は出来ることが格段に増えてしまったのである。
 なもので、昔の同人誌の奥付のところには本名なんかを乗せている方も結構数いた。昔のオタクと呼ばれてきた人々には実際のところコミュニケート能力はその活動を通して覚えた、という人々も多いのでは?

 ネット出現前に作ってたバンド情報のミニコミ。懐かしい。奥付には住所がばっちり載ってた。…この新聞コラ見たい?…じゃ、明日まとめたサイトがあるんで紹介しましょう。

本来の「オタク」が多数顕現してしまったインターネット

 今考えればそうなのかもしれないな、と思う事象の一つが「佐賀バスジャック事件」といういたましい事件だ。あの犯人が凶行に至るまでの詳細は流石に省くが、まさに中森明夫が書いた「オタク」そのもののような気がするのだ。まだアニメ・漫画文化やサブカル文化の受け手側の土台が固まり切ってない頃に、この困ったちゃんをどうにかせねば、と考えだされた造語が「オタク」だった。黎明期のアングラサイトという時代に出逢わなければ、彼もああいう凶行には至らなかった…とは思うが、あんな負の出会いではなく、別の出会いがあったならまた違った運命があったのかもしれない。
 いくつか負の歴史は続くが、凶行に走った者たちはみなやっぱり本当の意味合いでの「オタク」たちだ。
 いくつかの痛みがあって、ようやくオタクの受け手文化が「動画文化全盛」辺りから盤石になり。発信する側と発信される側の境目が薄まった世界。思えば最近、ようやくそういう「困ったちゃん」の数はかなり減ってしまった感がある。みんなが空気の読みあいをしているだけなのか。人間は集団になると必ず全員平等を嫌います。「全員ゆる~くオタクの世の中」になったとき、さあ誰をつまはじきの対象に選ぶ?

そういえば最近の甲子園の話を御存じ?

 俺は「イキるオタク」の人の方に生きてるなーってのを感じるなあ。まあ迷惑で不愉快かもしれないけど、本人は一生懸命なんだろう。あ、もちの論、正しいとは思わないよ!!甲子園のバックネット裏の人々の話を御存じ?バックネット裏の特等席って昔先着順で入ることになってて、そこを特定の常連集団が占拠してたんですね、何十年も。そこに2chねらーだったかが、彼らが占拠する席にわざと座ったりして小競り合い起こしたんですな。

 そしたら、高野連も流石に見過ごせないと知ったか。最近の甲子園見てるとバックネット裏の席に少年野球の生徒が行儀よく座ってるでしょ?まあ、そういうことです。
 この甲子園の方々、さらに追い打ちをかけるように内野の無料席(テレビに映りやすいとこ)に移動していたのだが、今大会辺りからなんと指定席かつ有料化。まあ、迷惑やら不愉快をかけた事というのは本人に返っていく実例があれだ。他山の石、ということで。

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