【「老人会」という自嘲を越えた先】ふと考えた、「インターネット老害」にならないための手引き

「あれはまだ私が若かった頃…」「シラネ」「人の話を訊け!!」

 一般的な老害の行動パターンのイメージというと

・過去の栄光にしがみつくために、古い価値観や技術を周囲に強いる
・引退の期間を逃す確率が多く、技術革新が行われないまま時間が過ぎる
・有力な後継者を潰してしまうため、世代交代に失敗する
・老害サロン内でウケのいい発言ばかりを繰り返すようになる

 さてインターネット内ではどうだろうか?色々とチェックをしてみよう。

「俺だって個人サイト作れたんだから」「おれだってバズツイート出来たんだから」

 インターネット上での実績というのはなんでか現実に持っていく場合、自分のことは4倍、他人のことは2倍くらい評価が増します(体感)。つまり現実ではその1/4、もしくは1/2くらいしかないということです。
 読者層の勤め人の中で、「自社サイト作成を強要」「自社SNSアカウントで面白いことを強要」といった出来事はないでしょうか。筆者にはあります、丁重にお断りしました。その社ではチラシデザインを風呂敷残業でやらせておいて一銭も金出さなかったんだぞ、どうなるかは想像つくわ!!
 このケースの場合1行目のケースに当たるかと思います。
 「俺もネットで成功体験あるくらい簡単だからお前も出来るだろう」
 「ホームページ作るのなんてハッとしてへっとしてエンヤホイってやればできるのです」
 しかし本人的にはネット上の最大の成功体験は「まとめサイトのアノ人気記事の357番、これ俺だけとかだったりするんだよな~。

「え?ネットPCでやらないの?ダメだよ~、画面大きくないと情報量も少ないよ?」

 ネット老害に言いがちなセリフです。はっきり言えば余計なお世話ですし、タブレット端末の存在も忘れています。
 とはいえホームページを一からデザインし作成するというとなるとツールはPCが便利なのは事実。まあこれは絵描きの基本であり常識なんですが、
 「いつも大きなキャンバスで、大きな絵を描くことを意識する」
 小さい絵ばかりを描いていると、いざ大きなものを手掛けることになった時に大きくゆがみがち、というのは昔から知られている話です。これがホームページ世界にも結構当てはまります。
 そういや大昔は「ケータイ用サイト」「PC用サイト」とわざわざ分けて作成されていた趣があったこの「端末」の認識、実はWebデザインの世界では「スマホ用サイト」とかいちいち作らないようにできているし、そもそも昔のPCサイトはスマホは余裕で読み込みます。実は今のスマホ、昔モニタに800×600とかがあった時代と情報量は案外変わらなかったりします。

 しかし困ったとき用に、せめてPCの分解&診断技術くらいは伝授しておくべきか…え?これから需要ない?
 まあネットはPCのほうが閲覧も運営作業も全然違う。スマホだけで記事作成作業しろとか言われたら…まあなんだ、スマホ老眼が怖い。あと、迂闊な用語が予測変換に残るのは結構怖く、恥ずかしい。

「インターネット老害」にならないために

 大昔仕事でリアル老人会に体験入会した経験を踏まえて、「こういう人は老害だったな~」ということを思い出しつつ、インターネット老人会がもし現実にあったならそうじゃ、という事例をいくつか想定してみよう。

自分ひとりの見知った価値観や情報に基づく正義をふりかざすことなかれ

 今でも現役でWebサイトの構築を勉強して仕事も請けて…とかいう場合じゃない限りおおよそのネット黎明期世代のホームページ構築の認識は大きく違います。また著作権や肖像権の扱いも判例やガイドラインが出来ています。タイトになったところもあれば、意外にもゆるくなっているところもある。詳しく読んでおきたい方はコチラを。

 このサイトの「サイト紹介」に関しては「紹介文」の引用としてスクリーンショット画像などを使用している。まあこの文化庁の見解に基本にやれている…と思いたい。そういや一時期はいろんな個人サイトに来たものです、著作権警察(自称)の人。昔俺がやってたサイトにも来た。掲示板の二次創作手描きアイコンに対してである。アホか。「二次創作物を著作権違反と云々する行為は著作者からしかできないし、表現の自由の侵害に抵触するからこっちが脅迫と訴えたらそっちの逮捕案件やで」とはっきりお返しをしたら二度と来なくなった。

きちんとした(本当の意味の)老人の役割を把握する

 このサイトは「中の人」との「冗談から駒」で始めたものが大きいんですが、それと同時に「ネットの黎明期はこんなだった」というのを伝える必要ってなくないか?と考えさせられることが多々あった。
 というのも新しいSNSやらプラットフォームが生まれるたびに出る混乱。そしてネット教育。アングラサイトの専横。歴史は繰り返してるだけにしか見えないのに
 「ネットで新しいこととかやめりゃいいじゃん!メンドクサイこと起きるし!」
 「理系技術で新しい事出来そうでも危なっかしい技術は規制しようぜ!」
 「どうせVtuberも1年で下火だし!しけ~」

 と「野々村真のダラダラ日記」というライムのごときどうでもいい言葉が「カッコイイ!!」ばかりの近頃のネット世相。そこで老人に出来る最適解は、盛り上がった面白い事の歴史を無表情で語ることだけである。思えば個人サイト~SNSの間の、まとめサイト全盛期はそんな「シラケ時期」が一時期あった。どうせまた新しいプラットフォームが誕生して、花火のように燃え上がる期が来るのだ。もしくは、火花が散ってる場所にあなたがいないかのどっちかである。

ネットで見知った人であっても冠婚葬祭はちゃんとしよう

 これはねー、リアルでも一緒だから本当に大事。特に葬儀。
 「葬式にリアクションなかった人は一生恨まれる」。
 なおカンリニヌスは「サイトのお客さんの葬式の手伝い」まで経験しました。老人になると本当にこの辺、互助会みたいなものになる。まさかネット上でも同じようなものになるなんて、と心の中で苦笑してしまった。
 ちなみにリアルで「こいつ老害だな」と思った人間、まあ例外なくこれをないがしろにしてます。老害同士の馴れ合いはめんどくさいことが起きると「つまはじき」や「逃亡」で終わりです。おそらく世代的に「自己責任」とか言いながら。嫌なものです。
 また「友人のなにがしが君を嫌ってるから」とか大人になっても中学高校生くらいの理由で冠婚葬祭をないがしろにしたり田舎のムラ意識的運営してると、はっきり言って集団への帰属意識そのものから現代人としてヤバい自覚を持った方がいいです。老人って大変なのだ。以前「老人会」って言葉には自嘲が入っていると書いたが、「そういう面倒なことから逃げられぬ歳になっちまったなあ」って自嘲があるのよね…。

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