【遂に発足!インターネット老人会ポータルサイト】インターネット老人の皆さま、はじめまして!

おう、ワイや、管理人ニシジマオや。

インターネット黎明期はまだ紙の媒体が元気でな、写真週刊誌「フライデー」がこんな言葉使いを流行らせてたのも懐かしい。
元ネタはああなってしまいましたが、この老人会の管理人を任されるに至るまで、ワイの履歴をぼちぼち書いておかねば何も始まるまい。

あ、こんな人です。似てます。

1997年、インターネットを知る

知ったのは97年。インターネットカフェなるものはほとんどなかった。当時バンドをやっていた相方がリアルオーディオを使った音楽配信サイトを始めて人気になっていた、らしい。
らしいというのは単純で、家にパソコンがなかったからである。なのでこのように暮らしておった。若い。

1999年、ついにパソコン導入

導入したその日から、俺は猿のようにホームページを作り日記を書くことにした。アクセスカウンターを設置して一喜一憂したり、掲示板を作ったり、面白いネタを作ろうと躍起になったり。
http://www6.atpages.jp/~jimadon/
という訳でこのサイト、残してあります。残しておいてよかった。99年から2011年まではとりあえず
「その時何が流行ってたか」
がある程度はわかるという仕様。
一応サイトに使ったファイル、全部残ってるんですが
 
残している画像だけで何に使っていたかさっぱりわからない…

おお、キリ番報告画像が残ってた!当時の文化を知る上で貴重なサンプルじゃ!!デジタルツーカー博士の口調になってしまった。誰が覚えとるねん!!

2006年、東京でオフ会

そうなんです!!数は少ないが地道に人気が続く。特定のファンをつかむ手法
「お父さんのための芸能通クイズ」シリーズ
「新必殺仕業人」シリーズ
がスマッシュヒット、表稼業では結婚資金がたまりつつあった余波で東京でオフ会を開いてしまうんです。全国から40人くらい来ました。なお名目はバンドのワンマンライブだったのですが、何気にその後10年バンド東京に行けてない、お恥ずかしい。

なお東京から帰ってきたら母親から「一生の宝物にしなさい」と褒められた思い出があります。その勢いで翌年化翌々年か?に結婚もしました。が、このころからSNSが登場し始め…。

2012年、冷温停止

ワイは技術者派遣なんや…仕事が切れるときは切れる。本当に空いてしまった2012年の夏、結婚もしてたし稼がなアカン。その時初めておれは知った。HTMLのなりたち。SEOの仕組み。CSSの組み方。すべて我流で覚えていた技術が古いことを知った。うちのめされた39歳、何も言えねえよ、夏。さらにもうこのころには日記なんぞ、SNSで書いていた。そしてそこに借りていたレンタルサーバーから
「ハッキングされたからFTPパスワード変えるでワレ。メール確認しいや」
メールは、悪名高き某国内IT企業による統合でログインが不可能になってしまったメールアドレスに届き、万事休す。

2017年、「インターネット老人会」(誰かが)発明

それはツイッターで爆発的にはじまった。
このサイトメニューでは随時ハッシュタグ#インターネット老人会がいつでも見られる状態にしてあるのじゃ。
(俺を含む)多くの人間は、自らの行為に恐怖した。
なんでもガンダムの言葉に例える悪い癖は、きっとインターネット老人の一つの特徴だと思う。
俺はインターネット老人の一人なのだと痛感した。いた、痛すぎる。わかったから。もうやめて、おねがい。
そこからこの文章につながります。サイトのアバウトにもなっています。読んでね!!
https://itroujinkai.com/about

インターネット老人会認定サイトについて

今後まあ、自分が遺したこういった古いサイトやブログなどを見つけたら、今後『インターネット老人会認定サイト』として認定します。大流行したアレ、なんかも勿論ですが、稼働していようが放置していようが、出来るだけ残そうという意志が感じられるもの、リスペクト出来るものを発掘や紹介出来たらなあと。では明日、ブロードバンド!!

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