【追う方が追われる方に】恐怖の追跡!うっかり有名になったら大変だ~

「情報の海」そのものの構築期だからこそ生まれたサイト

 インターネット黎明期の情報量はどないなものだったのだろう?
 おそらく、いま飛び交って積み上げられた情報量よりもはるかに小さいものだったことはかたくない。百科事典的ポータルサイトWikipediaの誕生は2001年。じゃ、それ以前は…?それぞれのタレントの公式サイトなり、見知らぬ昆虫の研究サイトなり、何とか県のPRサイトを見に行ったり。そういう時代があった。そんな中で「恐怖の追跡!!」(コチラ)というサイトは「有名人のあの人は今」を探すサイトとして重宝されていた。

 相変わらず背景白にマニュアル通りの色。シックなデザイン(※このサイト独自の言い回し)にも程がある。

実はリニューアルされ、めっちゃデータベース化されている

 ひさしぶりに訪問して驚くが、かなり中身はデータベース化されている。スタイルシートもバリバリ入っているし、昔のようなテーブルタグ組みのサイトだった時代とは打って変わっている。

 この通り。ちゃんとした技術者が入ったのか、管理人「追跡おじさん」さんが勉強したのか。元々そういう技術者で手が空いたころにそれを応用したりしたのかな。見やすい、とにかく昔見に行った時の探しにくさはすべからく解消されている。…が、情報は悲しいかな個人サイトの限界、そこまで多いものではない。

「嘘を嘘と見抜けないと…」箴言の真意

 このたまの項目、一番下まで行ってみると

 実はたまはネット黎明期と重なる時期にメジャーを離れ公式サイトを長らく持ってなく、解散直前位にようやくバンド「たま」として公式サイトを持つまでライブ宣伝は「石川浩司の一人でアッハッハー」が頼りだった。
 「98年以前の情報」の項目を見るとわかるが、この当時のネットに転がっている情報は真面目に「この程度」だったのだ。もちろん「この程度」から全く更新されていない情報が現役でWikipediaなどに生き残っている現実も、残念ながら存在する。
 また内面的な「ネットに放流されることのない現実」も数多くある。その辺もひっくるめて
 「嘘を嘘と見抜けない人は、掲示板の利用は難しい」
 とネオ麦茶事件というネットでも黎明期に起きた惨劇の取材において即座に2ch管理人としてこの言葉を返した「ひろゆき」こと西村博之氏は、やはり先駆者としてあの当時のネット全体の状況を達観的に、また俯瞰的に眺めていたのだなあとあらためて感心する。

まさか、追跡おじさんが追跡されるとは。

 最終更新は2017年。死んでない。

 暇つぶしにはちょうどいいサイトであった。おそらくWikipediaにもここの転載は多いだろう。でも、ここにはあってあそこにはない情報も、眠っているのかもしれないが…。

認定サイト名
恐怖の追跡 ~あの人たちは今?~
http://tsuiseki.sakuraweb.com/
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